私たちは、ワイン、日本酒、ビール、ウイスキー、焼酎など、世界中の美味しいお酒を飲むことができます。お酒は、リラックスしたムードを作ることができるので、大切な人と楽しく過ごす時には欠かせない飲み物です。また料理と一緒に飲むことで、美味しい食事を引き立てる飲み物でもあります。
しかし一方で、適度に飲むというのは意外と難しいものです。お酒の主成分であるアルコールは、肝臓にあるアルコール分解酵素※1によってお酢になって体外に排出されます。肝臓でグラスワイン1杯のアルコールを分解するだけでも2時間かかりますが、ついつい肝臓の分解能力以上にお酒を飲むことは多いと思います。
そこで注目されるのが、お酢から取れる食品成分、酢酸菌の持つアルコール分解酵素です。酢酸菌のアルコール分解酵素は、肝臓が持つものと全く同じアルコール分解酵素です。酢酸菌のアルコール分解酵素を摂取することで、飲酒時の肝臓への負担を和らげるための研究が進められています。
※1 アルコール分解酵素:アルコール脱水素酵素とアルデヒド脱水素酵素の総称として用います。
酢酸菌は、ラグビーボール型をしていて、表面にアルコール分解酵素(アルコール脱水素酵素とアルデヒド脱水素酵素の2つの酵素)を持っています。
酢酸菌のアルコール分解酵素が表面にあることがポイントです。表面にむき出しになっている酵素が、お酒(アルコール)と触れることで反応が開始されます。
研究の結果、酢酸菌酵素を摂取することにより、飲酒時の呼気と血中のアルコール濃度が低下しました。
<試験概要>
対象者:日常的に飲酒習慣のある40~60代の健康な成人男性7名
方法:同一の食事をした2時間後に、酢酸菌酵素を配合したカプセルとアルコール含有飲料(体重当たり0.5gのアルコール(エタノール)を含む)を摂取。摂取前、摂取30分後、60分後、120分後、180分後の呼気アルコール濃度と血中アルコール濃度を測定。同じ対象者で別の日に、酢酸菌酵素を含まないカプセル(プラセボ)を摂取し、同様に呼気アルコール濃度と血中アルコール濃度を測定。
出典:田中ら 日本食品科学工学会 2015
酢酸菌酵素を継続摂取することにより、飲酒時の肝機能悪化や脂肪肝が軽減されました。
<試験概要>
方法:マウスを3群に分け、それぞれショ糖溶液(対照)、アルコール(エタノール)、またはアルコール+酢酸菌酵素を2週間投与。アルコールは体重1kgあたり2.5gを1日3回投与。酢酸菌酵素は10mgをアルコールと同時に1日3回投与。
※1 GOT(AST)、GPT(ALT)…肝臓に存在する酵素。肝機能が悪化し細胞が破壊されると血液中に流出し数値が上昇する。
※2 脂肪を赤い色素(オイルレッドO)で染色した組織標本。脂肪肝が進行するほど赤色が濃くなる。
出典:伊豆ら 酢酸菌研究会 2017
アルコールは、肝臓のアルコール脱水酵素(ADH)とアルデヒド脱水酵素(ALDH)によって無害化されます。酢酸菌が酵素によってアルコールを分解するプロセスは、ヒトが肝臓でアルコール代謝するプロセスと同じです。ヒトの体内には無数の細菌が活動しています。酢酸菌も食品とともに体内に取り込まれると、体内でもアルコールを分解します。酢酸菌は空気を好む菌ですから、胃や小腸で活動しているのでしょう。
ヒトがアルコールを摂取すると、胃や小腸から吸収され、血中に溶け込んで全身を巡った後、肝臓に入って無害化されます。この時、肝臓には、アルコールの解毒の為に余計な負担がかかっているため、脂質、糖質、たんぱく質のエネルギー代謝の低下や、女性ホルモン(エストロゲン)の代謝低下を引き起こす場合があります。
ところが、胃や小腸で酢酸菌が活動していると、ヒトに酔いを自覚させる以前に、酢酸菌が体内に入った一部のアルコールを分解すると考えられます。これは、酢酸菌がいなければ肝臓で行なわれるはずだったアルコール代謝です。肝臓がアルコールを無害化する機能を一部代替するという意味では、ヒトにとっては“サブ肝臓”ができたという捉えかたもできますね。
板倉 弘重 先生
品川イーストワンメディカルクリニック理事長 院長/医学博士
東京大学医学部卒業。元国立健康・栄養研究所臨床栄養部長。おもな研究分野は脂質代謝、動脈硬化、抗酸化物質。赤ワイン、ココアなどの抗酸化作用を明らかにした研究が話題に。日本臨床栄養学会幹事、日本栄養・食糧学会名誉会員、日本動脈硬化学会名誉会員、日本健康栄養システム学会名誉理事長、日本ポリフェノール学会理事長などを歴任。
お酢は古くから貴族に薬として重用される希少なものでした。江戸時代の書物「隋息居飲食譜」には「お酒の酔い覚ましに良い」と記されていました。当時使われていたお酢は、昔ながらの製法でつくられた「にごり酢」で、にごり成分がろ過されていないため、酢酸菌を多く含んでいました。
明治・大正の近代化に伴い、お酢が工業的に生産されるようになると、にごり酢のにごり成分はろ過され、現代の透明なお酢が一般的になっていきました。
江戸時代の健康書「隋息居飲食譜」より